1970年後半から大阪の路地裏を撮影し始めた。
気に入った場所には必ずまた足を運ぶのだが、
そのほとんどは跡形もなく消え、似合わない建売住宅が偉そうな顔で建っていてガッカリさせられる。
急ピッチで進む大阪再開発、街は姿かたちをどんどん変え、
街のあちこち、人と人とのあいだに自分の居場所というものがあった頃の
私の記憶の手がかりをいとも簡単に消していこうとしている…。
そして2004年、カメラを4×5から6×6に持ち替えて大阪路地裏の撮影を再開し現在に至る。
記憶のかけらを拾い集める作業を続けようと決めたきっかけは父のひとことからだった。
「家の前をチンチン電車が走ってたんや、赤い煉瓦のアーチ橋の上をなぁ」
父が生まれたのは「大淀区南浜町一丁目」現在の北区豊崎あたりだ。
「ほんまにそんな橋があったんかいな、思い違いとちゃうかぁ」
父の遠い記憶を半ば疑いながら気候のいい時に本籍地あたりをふたりで訪ねた。
阪急中津から天六方面に向かって、チンチン電車の路線跡を歩く。
昔の面影などなにひとつ残ってはいないが、
遠い記憶をたぐり寄せようと生家があった付近を無言で見つめる父の姿は
印象的で抱きしめたくなるほど愛おしかった…。

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